連載コラム

大橋奈美 氏

多死社会に向けて訪問看護師が、死に場所を求める人たちの受け皿になるのだ

病院・施設・在宅と死に場所が選べる時代になってきた。しかし、2030年には、亡くなる場所を見つけることができない人たちが47万人の時代がやってくると予想されている。

未だに「家で死んだら、パトカーを呼ばないといけないのでしょう?」という家族や介護に携わっている人からの質問を受けることがある。

平成15年度の「新たな看護のありかたに関する検討会報告書」においても 「在宅で継続治療中に」 「死期が近い認識が家族・医師・看護師で確認しており」 「死亡に異常がなく」 「患者の尊厳や遺族への配慮のためにケアが求められる」 場合は、死亡診断書発効前でも訪問看護師が死後の処置を適切に行うことが法的に可能であるといわれている。
しかし、医師や看護師の中には、死亡確認をしてもらわないと死後の処置が始められないと認識している人もいるのが現実である。

なので、パトカーを呼ばないで自宅で最期を迎えるためには、訪問看護を活用してもらいたい。

訪問看護を知らない人からは「料金が高い」「何をしてくれるの?」と質問される。
訪問看護を使ってくださった利用者・家族からは「不安が安心に変わりました」という言葉を頂く。訪問看護師が関わることで、ヘルパーさんたちからも「安心できます」と良く聞く。
多くの利用者からは「やっぱり住み慣れた家で死にたい」という言葉を聴く。

今こそ、訪問看護は「遣り甲斐がる職業だ」と声を大にして言いたい。

人間で生まれてきた以上「生・老・病・死」がある。多死社会を迎えた今こそ「老・病・死」に訪問看護が必要である。

夜間休日を問わず、緊急時対応できる訪問看護ステーションが増える必要があるのではないだろうか。訪問看護師の負担を軽減するためには、大規模化を目指すということが必要である。

「訪問看護師たちよ、立ち上がれ」多死社会に向けて、訪問看護師が多職種連携をしながら、死に場所を求める人たちの受け皿になるのだ。