連載コラム

稲葉敬子 氏

【第1章】 Q.O.Dと専門職の役割(よりよい死)

古来より、「終わりよければすべてよし」という諺がある。一方、「死と太陽はまともに見られない」という諺の通り、ついこの間まで、死について語ることはタブーとされてきたのも事実である。

しかし、時代は変わった。
世界一の長寿国で高齢者人口はうなぎのぼりに増えつづけ、国民皆保険で、誰もが高度医療の恩恵を受け、そしてその医療によって、なかなか死なせてもらえない時代になった今、多くの人が「死の質」について語るようになった。

私は今、介護スタッフの研修で「死にゆく人への介護」を教えているが、私たちが学んだ一昔前の時代には考えられないタイトルである。

最先端の医療現場で長年、「医療にとって死は敗北である」と信じてやってきた医師が、病院退職後に介護施設の嘱託医になり、「自然死」の存在を否定し続けてきた今までの自分に愕然とされたという。

今の時代、多くの高齢者は、自分の死について、何を望んでいるのだろうか。

私ども「高齢社会をよくする女性の会」では、「人生最後の医療を考える」をテーマに、一年余に渡って、医療、介護の現場はもとより、弁護士など各方面の専門家を招いて勉強会を重ね、その集大成として「人生最後の医療に関する調査」を行なった。
調査では、「あなたが意思表示できない状態になり、さらに治る見込みがなく、全身の状態が悪化した場合」に「鎮静剤を使ってほしいか」、「心臓マッサージなどの心肺甦生と延命のための人工呼吸器装着をしてほしいか」、また「さらに治る見込みがなく、食べられなくなった場合、延命のための栄養補給を望むか」といった質問をした。

次回では、その調査結果を元に、Q.O.Dの実現のために、本人、家族はもちろんのこと、医療、介護の専門職としてどのように関わるべきか考えて見たい。