連載コラム

稲葉敬子 氏

【第2章】 Q.O.Dと専門職の役割(よりよい死)

「人生最後の医療に関する調査」の中で、一般の人の回答では、「あなたが意思表示できない状態になり、さらに治る見込みがなく、全身の状態が悪化した場合」に、「意識が低下しても強い鎮静剤を使ってほしい」68%
「心肺蘇生はしてほしくない」76.8%
「人工呼吸装置はしてほしくない」91.1%
「胃ろうはしてほしくない」91.1%
「鼻チューブはしてほしくない」が90.4%だった。

ところが、これを医師の回答に限ると「強い鎮静剤を使ってほしい」は90.2%
「心肺蘇生はしてほしくない」は87.6%
と俄然多くなる。

「人工呼吸装置」はほぼ同数、「胃ろうと鼻チューブ」に関しては、「してほしくない」が一般のひとよりむしろ少なかった。

ところで、そのような意思を家族に伝えてあると答えた人は、全体で3割弱、さらにそれを書面にしている人は、全体で5%にしか過ぎなかった。

多くの人が、「無駄な延命治療をせず、苦痛のない自分らしい死」を望んでいながら、それを家族にきちんと伝えていないための悲劇があちこちで起こっている。
医師が「終末期の担当患者の治療方針を決定する場合」の主な要素のうち47%は家族の意向だと回答しているように、家族がその判断を迫られることになり、残された家族にとって非常に重荷になっている。

Q.O.Dつまり「よりよい死」を実現するためには、なんといっても本人の意思が大切であり、またそれをきちんと書面に著しておくことである。

それさえあれば、家族はもちろんのこと、医療、介護の専門家もどうすれば本人の希望を叶えてあげられるかの一点に絞って、心を一つにし、迷うことなく対応できるのではないだろうか。

とはいえ、本人が置かれている環境によっては、必ずしも望みどおりに対応することが難しい場合もあるだろう。
次回はそのことについて考えて見たい。