連載コラム

溝呂木大介 氏

『「時刻」と「時間」のバランス』

我々は普段の仕事を時刻との戦いにしてはいないだろうか?
食事・排泄・入浴・レクリエーション・更衣・整容……。
始まる時刻と終わる時刻。
一日の勤務の中で、何回時計をみているだろうか?
時刻を守れる介護が「できる介護」になってはいないか?
私たちは利用者と時間を共にしている。その時間は介護士の都合でコントロールされてはいないか?

私には忘れられない出来事がある。そしてそれが私の介護観の一部を形成している。

私は祖父にとにかくかわいがってもらっていた。

私もそんな祖父のことが大好きだった。
その祖父が亡くなる時の出来事。

癌に侵されていた祖父は最期の時を病院で迎えようとしていた。
危篤の知らせが届いたのは夜間であったが、家族一同で病院に駆けつけた。
ところが、そこからの祖父の生命力には驚かされた。
祖父が病と闘う一方で、家族一同は病室待機を強いられた。
当時まだ高校生であった私は、始めこそ祖父との思い出を回想していたが、待機が長時間に及ぶことで、眠気と疲れに襲われてきてしまっていた。
だんだんと時計を見る回数が増えてくる。
ふとした瞬間に気がつく。
「私は祖父が亡くなるのを待っていないか」。
別れの「時刻」までに必要だった、寄り添う「時間」のために駆け付けたはずだったのに。

時刻とは区切りである。
時刻と時刻の間に流れているものが時間である。
時刻は利用者の生活や健康を守るために、介護する側が定めたものである。
時刻を守ることは必要なことであるが、我々はともするとその間に流れる時間を疎かにしていないだろうか。
介護士として利用者に寄り添えるのは、時刻ではなく時間なのである。
祖父との出来事によって私が気付かされたのはこのことだった。

どちらも大事な時刻と時間。
この二つの「時」の適切なバランスを状況に応じて取る力が、我々に必要な力であり、それを高めることが介護の質を高めることになる。そのことを忘れないようにしたい。